一般的に工具は、とても合理的にデザインされているはずです。その原則は、世界中どこに行っても変わらないようですが、その合理的デザインの結果は、なぜか国によって全然違ってきます。もちろん素材や加工方法の違いがあって、工具の役割自体が違う場合も多いのですが、はさみやのこぎりのように、全く同じ機能、素材であっても民族独特の美意識の違いがくっきり現れます。そのことは、工具の持つ美しさが、必ずしも合理性からだけ生まれるのではないことを示しているように思います。 伝統的な工具は、誰か個人が完成された形をデザインしたものではなく、長い時間をかけて作り継がれる中で、ひとつの形に収束してきました。繰り返し模倣され、改良が重ねられていくうちに、個人のもくろみを超えた美意識が、研ぎすまされ、結晶化されています。その意味で、私に取って海外に行って工具を見ることは、その文化の底流に流れる美の根源に触れることなのです。